ぼくがいま、死について思うこと (新潮文庫)

ぼくがいま、死について思うこと (新潮文庫)

2016.1.12、地元本屋にて購入、紙媒体。パタゴニアタクラマカン砂漠、モンゴル大草原といった世界中の辺境の地を旅し、日本国内では長年に渡って怪しい探検隊を率い、焚き火を囲んで豪快な酒を煽る。周囲には常に頼もしいアウトドアのプロフェッショナルたちが自然と集まり、隊長と慕う青年も数多い。一般的に知られているアウトドア作家・椎名誠のイメージはこんなところだろう。
そんな椎名氏もついに齢67歳を越えるに辺り、死について考えてみたそうだ。考え始めたきっかけは、自らの意志ではなく、こんな主治医による一言だったという。「自分の死について、真剣に考えたことがないでしょう」

本書は、椎名誠が踏み込んだことのない新タイプのエッセイであるとされ、帯や裏表紙には「シーナ、ついに死の探求を開始」「理想の<最期>とは」としきりに期待を煽るコピーが踊る。文庫版の表紙には、長年の過酷な僻地旅に寄るものであろう、どす黒く日焼けして皺だらけと化した椎名氏の近影が大写しになっている。それも、実に寂しげな表情かつ斜め横側からの狙ったアングルだ。
僕のような椎名氏の熱心なファンではない一般人でさえ「あの色黒のガサツそうな怪しい探検隊の人だっけ? あの人が死を考察するの?」と読む前から違和感と期待感がない交ぜになるに違いない。

予想通りに、シーナの(敢えてここからはこう呼ぼう)身内や親しい友人たちの死から話は始まる。過酷な辺境への旅を何度も繰り返したてきたシーナは、遭難事故で失った友人も多い。それに何と言っても老人である。自分の親兄弟が亡くなるのは自然な時の流れであろう。
シーナが書く死は透明感が溢れていて、関東の冬に吹くからっ風のようだった。元々が「哀しい」文章を得意とし、多くの私小説ではこれに「面白さ」が加わることにより「ウスラ哀しい」と感じる独特の世界観が広がっている。本書ではシリアスに徹した結果、乾いた強い寂寥感が迫る死が描かれたのだろう。ただ、正直言ってこの文章を終わりまで読みたいとは思わない。つまらないのではなく、読むのが辛いのだ。

しかし、そのいつもとは違った新境地は、ほんの序章で終わっていく。葬儀業者の持つ理不尽さや狡さに、徐々に憤りだすシーナ。カタカナを多用した「シーナ節」こそ封印しているものの、内容はいつもの人気エッセイシリーズと同じだ。従来のファンは胸を撫で下ろすし、新規読者は「あれれ? なんか違う方向に行きだしたぞ?」となってくる。
次章のチベットの友人が鳥葬に付されるところからが、本書のメインであるし、ここからが滅茶苦茶に面白くなっていく。鳥葬の様子を事細かに始終まで、ここまでわかりやすく書いた本を僕は知らない。多くの人が鳥葬と言ったら、TVドキュメンタリで最後の一瞬を見ただけであろう(コンドルが死体の上をぐるぐる回るやつだ)。
鳥葬だけではない。世界には、まだまだ(日本人にとっては)ヘンテコな弔い方法がたくさんある。最近では宇宙葬なんて聞くけど、古くから風葬や水葬なんてものも行われてきたし、樹葬というのは名前も概念も知らなかった! 世界中の死生観と葬儀が、文献の引用からではなく実際にシーナが旅してきた体験から語られるのだから、面白くないわけがない。
葬儀の話が終わると、今度は墓地問題だ。我々日本人は、野垂れ死にであろうとも誰でも墓に入るのは当たり前だが、よくよく考えると鳥葬や水葬に墓はないのだ。火葬や土葬の世界、すなわち多くの先進国に視点はフォーカスされていく。この辺りからは文献の引用も始まっており、これも一連のシーナの作品にはあまりなかったことだ。エッセイを通り越して、ドキュメンタリとなっている。そして、そのドキュメンタリは、とても読みやすくて面白い文章だ。

本書の終わりには、再びシーナ自身と身内の死について語られ始めるが、もうそこには乾いた寂寥感が迫る死はない。シーナが今までに経験した危機一髪のエピソード、孫の誕生を起点とする新たな生き甲斐、スクワットや腹筋を何百回も繰り返すトレーニングを毎日行う一方で、高血圧を民間療法によって治そうとする話などが活き活きと語られだす。ただし、ここでも「シーナ節」は封印されており、一応はシリアスを保ってはいるが。

本書は、これまでのエッセイシリーズとは違い、シーナは旅に出ていない。よって、今までの旅から書かれていなかった死にまつわるエピソードを発掘してきたもので、長年のファンでも大いに楽しめるだろう。その一方で、若かりし頃にシーナが体験した怪我、暴行事件、旅先のハプニングなどは、既刊からの使い回しが激しく「また、その話かよ!」と苦笑いして突っ込んでしまう。もちろん、新規読者は素直に楽しめるが。
最終章では、歴代の怪しい探検隊メンバーが自身の死について面白おかしく語り、最後にシーナ隊長が〆るわけだが、その内容はファンならずとも誰にでも思いつくものだった。今まで通りである。「シーナの野郎、逃げやがったな!!」というのが正直な感想だ。結局、本書ではシーナ自身の死については深く語れなかったし、探求もされていない。でも、それでいいのだ。まだまだシーナには世界中を旅して欲しいし、怪しい探検隊の馬鹿酒も豪快にやってもらいたい。死んでもらっちゃ困るのだった。

本書は、椎名誠を初めて読む読者にもお薦めできるが、読む前に大量に出版されている他の作品を読んでからのほうが、より楽しめるだろう。本来は、こんなマジメな文章を書く作家じゃないんだよ、シーナは(笑)。従来のファンは言うまでもなく楽しめる。文章は、いつものように読みやすく分量も薄めの文庫本とお手軽だ。楽しめると繰り返したが、内容が内容だけに最初から終わりまで死について語られる。心に余裕がある際の読書とする事もお薦めしておこう。2016.2.19 読了。