スケッチ練習帖100

スケッチ練習帖100

ニンゲン誰しも致命的に不向きなスキルがある。泳げなかったり、自転車に乗れなかったり、三次元の異性と会話できなかったりなどなどである。わたしもご多分に漏れておらず、それが「絵を描く」ことであった。もうとにかく酷いのだ。全く描けない。そして、わたしの場合は職業柄ゆえ絵描きスキルで不利を被ることも多々あったのだ。

最初にやられたのは、学生時代の解剖学の授業だった。デジカメなんかない時代(!!)だからねぇ。スケッチするしかなかったのだよ。もちろん、今現在でも学生さんはスケッチさせられて、そいつでレポートを評価されることが殆どだ。そんな悪夢のような学生時代を何とか小狡くインチキで逃げ切って、ありとあらゆるヒキョーな手で学位を騙し取ったところまでは良かった。もう、これでスケッチには悩まされないだろ、ばーかなどと力強く夕日に向かって吠えたものだ。

iPhoneのカメラで直接、臓器を撮影して、そいつがEvernoteに飛ぶ時代。確かに記録としてのスケッチは大方滅んだように思える。スケッチ手書き派は、馬が陸蒸気に勝てると頑なに信じているように、未だに手書きスケッチを必死に匿う。やれ、バッテリが切れたらどうするんだ、撮影では細かい所を観察しない、ココロがこもっていない、などだ。ここにきて、ついにヲレは完全に勝利宣言したのだ。スケッチは滅んだ。貴様らはもはやサイエンスには必要ない。アートに引っ込んでおれ。

しかしスケッチ(絵描き)はしぶとかった。ここ近年(5-6年)、ヲレはいっちょ前にもオリジナルのアイデアで研究費を取ってくるようになった。その際の、申請書を出すもっと以前の段階。すなわち、アイデア出しの際にスケッチ(絵描き)が出来ると大いに捗ることに気がついて、焦りを感じ始めた。スケッチ(絵描き)と言っても、学生時代の解剖学のように美しく正確に骨や筋肉を描くのではない。細胞および実験動物のイラスト、脳内に展開したアイデアの模式図やグラフなんかを、サササッと分かりやすくメモ書きするだけなのだが、そいつができない。いや、出来るのだが超絶に汚くて、自分で見直すのも不愉快なのだった。
じゃあ、ちょっくら練習してやろうじゃないの、その為には出費なんか惜しまないんだ。やる時はやる男なんだヲレは!! と決断して1500円で本書を購入、本棚の奥深くに大切にしまいこんで保管してあったのだった。

昨日、揃えなさい!と本に書いてあった2Bの鉛筆、黒の色鉛筆、0.5mm&1.0mmの水性ボールペン、鉛筆削りに消しゴムも買ってきたのだ。もうバッチリであろう。