山怪 山人が語る不思議な話

山怪 山人が語る不思議な話

2015.12.29、紀伊國屋書店ウェブストア(Kinoppy)にて購入、電子媒体。出版社側は本書をどうにかして「心霊・怪奇現象の恐怖本」として売り込もうと必死だ。紙媒体の帯といいジャケットといいなかなかにそれらしく仕上がっており、出来もいい。しかしメインコンテンツは、山奥で起きた不思議な出来事であり、いわゆる怪談やホラーではない。その事を知っておかないと、拍子抜けあるいは騙されたと思う読者もいるだろう。

また、本書は冒頭部分で述べられているとおりに、民話あるいはもっと壮大な伝承に至るまでの「原石」を集めたものだ。原石は、山に近い人々であるマタギ、釣り人、きのこ山菜狩りの人、山小屋の主人、山村の住人などから収集された雑談がソースだ。よって、山奥で起きた不思議な出来事は、ざっくりと記述されている。悪く言えば大味だ。恐怖を煽られる演出もオチもほぼ無い。事実だけが短いと半ページ、長くても2ページほどで語られる。不思議な出来事に対する解析もあまりされていない。大抵のこの手の本は、不思議な出来事を科学的根拠でなんとか説明しようとし、その大部分は科学的に説明できるが謎は残る、といった結末に持っていく。しかし、本書は、淡々と起こった事実のみが記載されていく。

次から次に語られていく不思議な現象。文章は雑談がソースだけに読みやすく、速度も上がっていく。読み進めるにつれ、自分自身がある行為をしていることに気がついた。それぞれの現象の類似性、起こった時期・場所、体験した人々の年齢、体調、山人としてのスキルなどを比較検討し、何が起こったかを突き止めようとしていた。この行為を、通常は考察と呼称することが多いようだ。ここで、本書がどういった本なのか理解できたような気がする。本書は「データ集」なのだ。そして、そのデータはきっちりと整理されたり統計学的処理がなされてはいない、貴重な生データである。すると、拍子抜けで怖くないと思っていた話が、じわじわとひたひたと「いゃぁな気持ち」に変化してくるのだ。

何度か本文中で言及されているが本書の不思議なお話は、ジジババの雑談であり、2015年現在では、ジジババの雑談を囲炉裏端で孫達が聴くというのは絶滅した行為だ。孫達はゲームを選択し、語り部のジジババたちもテレビ鑑賞を選択する。学問的に保存、整理、解析されることはない生データであり、かつ滅びゆく運命にある珠玉のお話が収集されているわけだ。これだけのデータを日本全国の山奥へ分け入って取材した著者のコミュニケーションスキルや人脈は圧巻の一言だ。中にはニコニコと語ってくれる山人もいるだろうが、マタギや山村の住人といった人種はあまりフレンドリーとは思えない。

本書はデータ集なので、恐怖や魑魅魍魎のストーリー性を求める読者には向かないだろう。逆に、データから考察が楽しめる人、あるいは怖い話を創造するクリエータにとっては貴重な一冊となる。また、当然だがアウトドア好きで野宿経験がある人(例えば、わたしのような)も大いに楽しめる。いわゆる野宿あるあるネタが満載で、なぁんだプロの猟師もテントで寝ていて足音が聞こえたり何かの気配を感じたりすることがあるんだ、俺はビビリじゃないんだ!と妙な安心感を得たものである。2016.1.1読了。