- 作者: マイクモラスキー,Michael Molasky
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2016/08/08
- メディア: 文庫
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2016.8.20、地元大型書店にて購入、紙媒体。どうもここ2年ほどの間に、独りで酒場に入り独りで飲む、つまりは「独り酒」がじわじわとメディアに取り上げられつつあって、長年に渡って「独り飲み」の道を精進・邁進している身としては、複雑だ。特に、妙齢のOLであるワカコさんが、一人で飲み歩く様をぷしゅ〜の擬音で大ヒットさせたコミック「ワカコ酒」の功罪は大きい。コミックにとどまらずTVドラマおよびTVアニメとなって映像メディアに流れたため、見聞きしている方も多いだろう。
もう一度、書く。大事な事だからだ。複雑な気分だ。独りで(一人ではない!!)純粋に酒と肴を楽しむ行為が認知されるのは嬉しい。しかし、メジャーになって気軽に一般人が参入してくると、独り飲みの世界は一挙に瓦解するのではという危機感を激しくスルドク感じる。
誤解しないで欲しいが、僕はワカコ酒の大ファンである。コミックスも全巻揃えており、繰り返して読んでいるぐらいだ。ただし、現実世界に堂々と独りで大衆酒場に入って、ぴしりと酒と肴を注文することができる26歳のOLがいるだろうか。それも、店の雰囲気と世界観を理解した上でそれらに馴染んで、だ。本書「呑めば、都」は、独り飲みの世界を一般人に知らしめた大ヒットコミックとは対極をなす、骨太だが軽妙な語り口の独り飲みエッセイから始まる壮大な東京考察本だ。冒頭で述べられている通りに、本書は雰囲気が良く酒と肴が美味い伝統的な大衆酒場のガイドブックでは決してない。そればかりか、敢えて店のメニューの紹介や具体的な場所については最低限に止めている。店の情報を本書から得ようとする御仁は、より実用的で圧倒的な情報量を誇る媒体、ご存じ! インターネットを活用するべきであろう。
本書は、肴や酒について詳しく語るよりも、その酒場が存在する街のバックグランドの考察から入る。よって、紹介される酒場は東京の街ごとにカテゴライズされている。紹介される街は、溝口から始まり、府中、立川、赤羽、立石、西荻窪などなど。いずれも渋く、訪れる者に「高レベル」を要求してくる曲者ぞろいの街だ。文章は街並みから時代を遡るタイムマシーン的な語り口が多く、大抵は太平洋戦争前まで遡航する時間旅行となる。戦後の混乱から自然発生的に現れた街には、やはり魅力的な酒場が発生するようで、文中でもしきりと「闇市」、「赤線(娼婦街)」、「進駐軍」が言及される。このレビューを読んでいる飲兵衛(貴方のことですよ?)は、街のバックグランドまで考えを馳せてから酒場に入るだろうか。本書を一読すると、場末の汚い酒場の安普請から、時間の流れとそれに伴った出来事を自然に考える技能が追加される。この楽しみは、素晴らしい肴となるばかりか、飲兵衛の脳内発生なので無料だ。
当然の流れで、次は常連客の構成と店の主人のルーツについて語られることが多い。筆者は酒の肴に、物理的な料理を純粋に楽しむこともするが、重点を置いて味わうのは常連客と店の主人との会話だ。
僕自身は、酒と肴にその殆どのエネルギーを費やし、他人との会話は絶対にお断りの独り飲みスタイルである。せっかく誰にも邪魔されずに雰囲気と酒を楽しみに来たのに、聞きたくもない話を聞かされるなんて何しにきたか分からないじゃないか!
もっとも。僕自身が常連となって、他の常連客や店のスタッフと話すのであれば、会話を楽しめるだろう。ただし、重いコミュニケーション障害を抱える身としては、常連客への道は果てしなく険しいのだ。するっと、一見で入店し常連客に声をかける能力は一生かかかっても得られないだろう。筆者は、独り飲みを始めた若い頃より「自然に」酒場での会話能力を徹底的に鍛え上げられたという。ここに来て、ようやく筆者の紹介をしなくてはなるまい。ウィットが効きに効いた洒脱な日本語で綴られる本書を執筆したのは、マイク・モラスキー氏。長々と引っ張ったが、米国セントルイス生まれの生粋のアメリカ白人だ。早稲田大学国際教養学部の教授であり、ジャズピアニストでもある。氏が初来日したのは、昭和51年。昭和の後期に突入していたとはいえ、2017年現在と比べると、大衆酒場の勢力は桁違いに大きかったという。そんな時代に、よりによってモラスキー青年は葛飾区の京成線・お花茶屋駅というところにホームスティしたという。埼玉在住の僕は、お花茶屋駅を知らないが、葛飾にあるというだけでレベルを高く感じる。こち亀両さんの世界、ど真ん中ではないか。そんな街の昭和51年の大衆酒場に、ほとんど日本語を話せない白人青年が独り飲みに入店したらどうなるか。お察しである。面接からはじまり、からかいがはじまり、やがて酔いが回ると仲良くなり意気投合する。若かりし頃のマイク・モラスキー教授は、そんな過酷な酒場のリングで「野試合」を毎夜行うことで、常連客とのトーク力が培われていったのだった。
本書は、前述した通りに「独り飲みガイドブック」や「グルメ本」ではない。店の情報は最低限だ。いわゆる「穴場」を紹介しているのものでもない。酒場とそれに関わる人々から東京の街そのものを準え考察していく。筆者であるマイク・モラスキー探偵が、歴史とその街の背景にある証拠を集め、大衆酒場の常連客から聞き込みを行い、最終的に東京という街の謎を解き明かす独り飲みミステリと僕は捉えた。文章は、日本語として不自然な所は全くないが、独特のリズム感が伴う。これがまた心地よいのだ。1960-70年代のアメリカTV映画のような感覚だ。アメリカ人が書いたからそうなるのは当たり前かも知れないが・・・。一方で、歴史の考察に入ると引用文献からの文章が極端に多くなり、前述したリズムは失われて読みづらくなる事もある、いわゆる論文調になるわけだが、これは筆者の職業である大学教員を考えると仕方のないことかも知れない。もちろん、読みにくいと言っても大手新聞社の評論レベルといったところで難解というわけではない。
さらに、追記したいのが筆者のマイク・モラスキー先生の強烈なキャラクターである。街並みに無制限に増殖するチェーン系居酒屋を憎悪し、コンビニおでんを絶対否定するモラスキー先生は、いわゆる「日本人以上に日本人らしいガイジン」のテンプレを踏襲するが、それだけではない。所詮はモラスキー先生も呑み助なのだ(褒め言葉!!)。歴史ある大衆酒場で酔いが回れば回るほどに、昭和の呑み助おじさんと化していく。酒場で出会った常連と宵越しのはしご酒はデフォルト設定だ。最後には大御所の吉田類氏とも遭遇している。そして、泥酔の果てに東京という街の謎を解き明かす証言・証拠を、酒場の主人や常連客から引き出すのだから唸ってしまう。独り飲みを既にやっている方。その世界に憧れているが敷居に阻まれている方。東京の繁華街形成に興味ある方。そんな方に、本書はお勧めする。もちろん、酒と肴と風流が好きという大前提はあるけれど。本書はちくま文庫に収納されており、ハードカバーよりも安価で購入できる(浮いたオカネでホッピーのナカを注文しよう!)。さて、僕も今晩の酒とアテについて深く深く悩まなくてはならないから失礼する。呑めば、都とはよく言ったものだ。2017.01.31読了。
- 作者: 新久千映
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 2017/01/20
- メディア: コミック
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