読書漂流 2022

2022年の読了リストと感想。昨年から日記記事とは独立してお送りしております。わたくしbajaにとって読書は「娯楽」です。よって、人生のためになる本やらお勉強の本などは読んでおりませんです。エンタメ作品だけってことですよ?

アラスカ物語(新田次郎)、220109読了★★★★★ 野田知佑氏の著作より、その存在だけは古くから知っていたフランク安田の物語。本書は、事実を元にした小説だが膨大な資料と入念な取材がベースとなっており、ドキュメンタリの味付けがとても強い。フランク安田は、純粋な日本人だ (石巻生まれ、本名は安田恭輔)。数奇な運命に踊らされて、なぜかアラスカで働くことになってしまう。時は1891年(明治24年)。アラスカはおろかアメリカ本土でさえ遠かった時代。彼は、やがて沿岸エスキモーの部落に住み着くことになってしまい、さらにその部族が感染症と食糧不足で壊滅寸前に追い込まれる。
フランクは部族をインディアンが住む地であるユーコン川流域へ移住させることに成功。その活躍から「ジャパニーズモーゼ」あるいは「アラスカのサンタクロース」などとも呼ばれている。ここまでは、そこそこ有名だしネタバレにはならないだろう。物語を通して、様々な敵がフランクを襲うが、ずっと付きまとうのが人種差別だ。令和の今でさえ、アジア人はアメリカで差別されるのだ。明治時代では、どれほどのものだったか。そして、アジア人よりもさらにエスキモーは下とみなされている。白人どもの邪悪さが際立つ。インカ帝国やアフリカ大陸以外でも、他民族を虐殺し奴隷化していたのだ、白人どもは。さらに、移住先ではインディアンも関わってくる。白人xエスキモーx日本人(フランク安田)となって事態は推移していく。後半、ユーコン川流域とゴールドラッシュの描写が始まると、野田知佑氏がカヌーで下った地名が次々に現れてきて、個人的に嬉しく理解が深まる。


ひと(小野寺史宜)、220125読了★ 本の雑誌が選ぶ2021年度文庫ベストテン1位に釣られて購入。人と人の結びつきが感動的なドラマを生む物語で「魂が生き返っていく」感覚が得られるとか。わたしは得られませんでしたが。天涯孤独になってしまった20歳の青年が大学を退学し、惣菜屋に飛び込みで働くことになることから物語が始まる。この20歳の青年がひたすらに「いい人」で、人と人との縁をつないでいくのだが。いい人すぎるのだ。何をやられても奪われてもいい人で在り続ける。ヘタレを通り越して、ある意味怖い。ホラーのようにも感じる。本屋大賞とのことだが、理解不能。そして、文体が軽い。恐ろしく軽い。二昔前のケータイ小説を彷彿させる。もちろん、重いよりは軽い方がいいけど、限度ってのもあるよ。


武蔵野発 川っぷち生きもの観察記(若林輝)、220206読了★★★ 柳瀬川、黒目川、新河岸川という都市型の中小河川での生きもの観察記。自宅裏が新河岸川ということで、無条件で飛びついてみた。筆者がオオタカの狩りを都市型河川で目撃したことから本書はスタートする。プロの釣り人ではあるが生きもの観察はズブの素人である目線での観察が面白い。筆者は鳥や獣の知識がほぼ無いので、独自の仮説と観察眼で推理していく様が新鮮であり驚く。昆虫に関する記述がまったく無いのが残念。今後に期待。


キボウのミライ(福田和代)、200216読了★ キャラの立ちに頼っているくせに、その肝心のキャラ立ちが弱い。長門有希ちゃんのコピー乙。ハッカー系ヒロインは何故に例外なく長門になってしまうのか。相方のしのぶは、元防衛省の姉御肌とのことだが、単なる女の子で姉御成分はゼロ。コンピュータネットワークの知識が一般人向けに程よく語られるのはいいね。


木曜日にはココアを(青山美智子)、200217読了★ ええっと正味90分で読み切ってしまったんですが・・・。なんだろう、これは。確かに温かくていい話ではあるのだが、あまりにもお軽すぎる。朗読を前提に書かれているような気がする(汗。つまりは、脚本と小説のハイブリッドのように思える。大原さやか様の朗読あっての作品と感じるのは贔屓目だろうか。


聡乃学習(サト スナワチ ワザヲ ナラウ)(小林聡美)★★、220305読了ううむ、面白い。小林聡美さんのエッセイは全部集めよう。また新しい作家に出会えて幸せだ。わたしぐらいの年齢になると「気軽な先輩ポジションの人」が急に少なくなり、残っているのは「大先輩」ばかりなんだよな。ケイ・グラント兄貴も小林聡美さんも、ちょうど年齢的にその気軽な先輩ポジなんだよなぁ。若い人(といっても中年)が、このエッセイを読んでも共感できないし、面白いとも感じないだろう。中高年専用だよ?


貿易風の旅人-犬と私の太平洋-(牛島龍介)220401読了★★★★ 太平洋をヨットで犬と一緒に往復した冒険ドキュメンタリ。1969年から70年の出来事だ。あえて何も情報を入れずに読んだせいもあるが、冒頭からぶっ飛んだ。著者の牛島セーネンが、いきなりメキシコの聞いたこともないような田舎町でやさぐれているではないか! なんだ、これは!! やさぐれどころか、金も無く精神的にもうじうじ悩んで、まるで明治の文豪みたいだ。文体はニヒルというか斜に構えっぱなしというか、とにかくロックの薫りがする。これはドキュメンタリというより私小説に近い作品だと思う。とにかく悩むのである、この牛島セーネンは。海が嫌いとか、太平洋横断と囚人の違いとか、俺は海に戻らざるを得ない呪われた運命とか。幼い頃の盗癖を暴露する場面は、芥川龍之介かっ!! と思わず突っ込んでしまった。もちろん、その悩みは若さ溢れる生命力とヨット乗りとしての誇りの裏返しなのだが、どうにも素直じゃないんだな、彼は。
本書のもうひとりの主人公である愛犬・スキッパーに精神的に救われる場面が何度かあり、犬といえども立派な「相棒」になるんだなぁと思う。いや、犬だからこそ太平洋単独横断などという異常な環境で相棒足り得るのかも知れない。ニンゲンと一緒だと思うとゾッとするよ。一方で、精神的に追い詰められていたとはいえスキッパーを虐待する描写があり(章のタイトルは「狂気の八つ当たり」)、これだけは読後に胸クソ悪い思いをした。再読すれば、意味が解ってくるかも知れないが。


海辺のカフカ(村上春樹)220424読了★★★ 確かに中学生ぐらいで読んでいたら生き方に影響される人も出るだろうなぁ。家出少年の行動・思考に引き込まれる。相変わらず性的描写を入れてくるんだよな。しかもどストレートだ。「睾丸」だの「肛門」だの「ペニス」だの「ヴァギナ」だのとばきりと投げ入れてくる。オサレな音楽や文学といったアイテムと禅問答的な会話を散りばめているが、結局はセックスからのセックスからのセックス。これが読み易いが難解な物語というやつなのだろうか。そして文句を垂れつつも続きをどんどん読んでしまう(汗。うーむ。全く情報無しで読み進めましたが、やっぱり投げっぱなしでオチは無い。ハルキストたちは、ああだこうだと考察を楽しむのだろうね。作者の主義主張をキャラクタと物語で演じさせるスタイルで、物語そのものを書くつもりはないのだろう。文章は圧巻で引き込まれざるを得ないし、キャラクタも魅力的だ。わたしはセクシャリティは滅茶苦茶だけど知的で穏やかな大島さんがお気に入りとなった。


クマにあったらどうするか(片山龍峯、姉崎等)220620ぐらいに読了★★★★ アイヌ民族の伝統猟法で最後まで熊狩りをしていた猟師のインタビュー形式のノンフィクション。何しろ本物の熊撃ちである。説得力が違いすぎる。熊撃ちの姉崎さんはアイヌ民族日本民族のハーフで、北海道で猟師が職業として存在していた終戦直後からインタビューが開始される。クマ猟をするためには、山で本当のアウトドア生活をする必要がある。この際の非常識にも思われるアイヌのやり方が興味深い。裸で雪中泊などなど。現在の最新式のアウトドアグッズを姉崎さんに使って評価して欲しいところだ。廃れていく職業猟師とアイヌ儀式は切ない。クマと人間の共生については、かなりのページを割いて語られる。タイトルのクマにあったらどうするかについては、信じられないような対応を推奨している。現在の多くのクマ対策とは間逆なのだ。代表的なのは「目を合わさず、その場を速やかに立ち去れ」ではなく、「目を睨みつけて大声で叫べと」と何十年もヒグマを相手にしてきた姉崎さんは語るのだ。これは一般人には無理だよなぁ。


喜嶋先生の静かな世界(森博嗣)220720ぐらいに読了★★★ 森博嗣氏の大学時代の師匠(喜嶋先生)をモデルにした自伝的小説。ほぼ事実なのだろう。理系研究者の世界をひたすら賛美して描く森博嗣ワールドの定義をまとめた物語だ。理系研究者は、まっとうな生活を捨ててひたすら研究に打ち込むことが最高とされ、そのためには授業や運営といった「雑務」は放置するべし、昼夜逆転し食事は摂らずに研究、研究者は基本的に奇人変人で性格は破綻している事が望ましい、などなど。もちろん令和の世では、あり得ない。しかし、森博嗣氏が学生の頃は、こういった先生がまだ存在していたのは確かだ。話が進み、時代が移ろうに連れて喜嶋先生はその存在感を急速に無くしていく。社会人としてのまっとうな勤務を要求されたからだ。この描写が切なく物悲しい。こういった昔気質の奇人変人タイプ研究者については、わたしの師匠もまさにそうだったため、とても共感できる。共感できないのは研究者=聖人であり、性欲をも超越しているという定義。女子の同級生が下宿に泊まりに来ても「意味が解らない」といった描写。共感できないどころか嫌悪さえ抱く。


村上ラヂオ(村上春樹)22220720ぐらいに読了★★ 雑誌ananに連載されていた村上春樹のエッセイ。氏のエッセイはランニングにまつわる本格的な物を読んでいたので、構えていたのだが良い意味で拍子抜けした。ananの読者層に合わせているのであろう、文章も内容もライトだ。決して「お軽く」なっていないのは、さすがは村上春樹といったところ。お高く止まった意識が高い事が語られるのだろうと思っていたら、コロッケについてだのひげ剃りついてだのと、かなり「俗」であるが、端々に「おっしゃれ~」な文章が被ってくる。


侠飯8 やみつき人情屋台篇(福澤徹三)220804読了★★★ 柳刃組長と火野兄貴によるグルメ世直し旅は、今回も絶好調。毎年の世相を反映してテーマが決められていくのだが、今年の新刊は「親ガチャ」「底辺」「無敵の人」だった。そいつらを任侠とB級グルメで見事に(無理矢理に)解決する。今回は、屋台料理ということで、1品を除いて鉄板焼きとなっており、調理の動画が脳内で再生された。オチもいつも通りで、エンタメはこうじゃなくちゃのお手本だ。


ブックセラーズダイアリー(ショーン・バイセル)220812読了★★★★ 30歳の若さでスコットランドの片田舎の古書店を銀行ローンで「衝動買い」し、古書店主となった男の日記。一癖二癖どころか、明らかにイカれている店員のニッキーをはじめとして、個性が豊かすぎる人物が店員や客として登場し、日々の古書店の業務が面白おかしく語られていく。巨大企業のAmazonとの戦いも熱い。何しろKindleを銃で撃ち抜いて店内に飾るほどだ。休みの日には、スコットランド特有の美しい自然を相手にアウトドアを愉しむ様子が多く書かれている。フライフィッシングや島々をヨットで巡るセーリングなどなど。スコットランドだからパブにも行くし、自宅でもウイスキー(蒸留所も近所にある)やビールをよく飲む。ブックフェスティバルのお祭り騒ぎの盛り上がりも素晴らしい。さらには、店猫の黒猫キャプテンの存在も大きい。こんなにも面白おかしい毎日なら、自分だって古書店を経営したいところだ。しかし、毎日欠かさず日記webに更新しているわたしには、わかる。この日記は面白おかしい事を切り抜きにしたエンタメである事が。実際にあった負の事実は、皮肉なジョークにしてあるか、もしくは書かれていないかだ。それが解っていても、なお楽しく読める日記だ。続編も出ているそうなので、ぜひ発売して欲しい。


人間じゃない(綾辻行人)220830読了★★★ 単行本化に未収録の初期中編小説。人形館の殺人のその後のエピソードなど。もちろん人形館の内容もキャラも全く記憶がない。しかし、眼球綺譚の方は、はっきりとユイというキャラを覚えていた。最後に納められている実名のミステリ作家たちが登場するエッセイ風小説(?)は、京都大学ミステリ研究会の青春グラフティだな。中高年になった綾辻行人たちが、学生時代の出来事を語るので切なさがマシマシだ。その中高年になった綾辻行人たちというのが、綾辻行人小野不由美(綾辻夫人)、法月綸太郎我孫子武丸麻耶雄嵩という日本を代表するミステリ作家のオールスターズだ。そうそうたるメンバーとはこの事だろう。


ランチ酒(原田ひ香)220907読了★★ たまには流行り物でもということで、平積み文庫本のエンタメなんぞを。女性が主人公でランチで独り酒するなんて、世間に溢れ始めたグルメ物かつワカコ酒の焼き直しかと思ったら、とんでもなかった。ヒロインの犬森祥子がハードボイルドなのだ。職業は探偵ではなく「見守り屋」。自身も離婚によって深く傷ついており他人を見守る余裕は無いのだが、夜を徹して必死にプロとして依頼人を見守っていく。夜が明けたら、ようやく心身が開放される時だ。カタギの世界ではランチタイムが始まろうとしている時刻。ここから、祥子の唯一の楽しみであり癒やしであるランチ+独り酒が語られ、前を向いていく姿勢で各章が終わっていく。文章がわたしの好みに合うぱつんぱつんとしたロック調なのが気になる。CFディレクター出身で、わたしの人生に影響した作家の喜多嶋隆に似た文章なのだ。著者のプロフィールを調べたところ脚本家出身だった。通りで映像的と感じたわけだ。後半になって、前述したハードボイルド色が失速していき、祥子の女性らしい弱さが露呈していくのが残念でならない。


鮫島の貌(大沢在昌)220922読了★★ 新宿鮫シリーズ初の短編集。新宿鮫シリーズのキャラクタがそれぞれお当番回を担当して、鮫島警部とからんでいく。また、シティハンターより冴羽獠と槇村香、こちら葛飾区亀有公園前派出所(こち亀)より両津勘吉が鮫島警部とからむ夢のコラボが実在している。
新宿鮫の世界では冴羽獠と両津勘吉が存在するということなので、これに鮫島警部が加わると新宿の悪は一掃されてしまうのではないかw 物語は短編ということであっさりしており、読んで面白いと感じるのは新宿鮫シリーズを読んでいる読者だけだろう。要するに本書は「ファンブック」だ。


キウィおこぼれ留学記(小林聡美)220930★ 留学記と銘打っているが、その留学はたった10日間の短期ホームステイ。よって本自体も物理的にぺらぺらに薄く、内容も留学記ではなくお軽い体験記だ。ニュージーランドという国についての本を読んだことがなかったので、面白くはあったが。定価で買って納得するのはファンだけだろう(ブックオフにて110円で購入した)。2002年に出た本だが、2022年の現在だったら確実に紙媒体にはならない思う。良くてweb連載、悪ければTwitterでの発信となるな。


アウトロー・オーシャン 海の「無法地帯」をゆく(上)(下)(イアン・アービナ)221030読了★★★★ 世界の海で起きている現実を生々しく壮大に報道するドキュメンタリ大作。日本は海洋国家なのにも関わらず、ほとんどの日本人は海に関心をもたない。関心をもたないのは、本書のように何が起きているか詳しく報道しないからではないだろうか。まずは、海の「設定」から認識しなくてはならない。日本国の周りが領海(12海里、22.2km)だ。ここは日本の法律が通じるので犯罪を犯したら、法の下の平等で裁きが下る。その外側が排他的経済水域(EEZ, 200海里で307.4km)で、漁業や鉱物の採掘を他国から侵害されない独占的に行使できる権利を有するが、法的にはグレーゾーンだ。そしてその外側が「公海」であり、ここは誰のものでもないから何をやってもいい。つまり法律の支配がない「無法地帯(アウトロー)」となっている。
本書では、この公海で起きている生々しい現実が語られる。海賊なんか当たり前。世界では、奴隷制度による漁業が堂々と行われているのをご存じだろうか。この奴隷たちによる漁で、日本人は安価な魚を食べている事実。アウトローなので、奴隷たちが殺されるのは普通で、拷問やレイプ(男が男をレイプするのは普通)も横行している。公海には、豊かな自然が多くある。サンゴやクジラなどなど。しかしアウトローなので、サンゴを壊して石油を採掘するのもあり。クジラは日本の調査捕鯨が捕獲している。これらの行為を各政府は取り締まることができない。なぜならばアウトローだからだ。そこで登場するのが、自称・正義の海賊のシーシェパードを始めとする過激な環境保護団体だ。処分に困った産業廃棄物を勝手に投棄するのもありだ。自らの妄想に取り憑かれた科学者が狂った実験をするのもありだ。堕胎手術が禁止されている国では、公海まで出て洋上で堕胎手術をする自称・正義の医者なんかもいる。陸(おか)の法も正義も倫理観も全てが公海では通用しない。読み進めるに連れて、別の世界が存在する事実をじわりじわりと読者は認めざるを得なくなっていく。読了後は、世界が足元から揺らぐのを強く感じる。


海と月の迷路(大沢在昌)221111読了★★★ クローズドサークルのミステリとハードボイルドが巧く融合しており、主人公を名探偵ではなく新米の巡査にしたのは大沢作品ならではだろう。物語の舞台である昭和30年台の軍艦島は、御存知の通りに狭い島に入り組んだ複雑な街が形成されるという人類史上でも稀有な環境として世界遺産登録されている。警察権力が殆ど及んでいない閉鎖的な自治区で、島の慣例を破って青臭い正義を振りかざすとどうなるのか? 過去が舞台の大沢作品って他にあったかな(未来は複数ある)。のっけからグイグイ引き込まれるのはお流石だ。
やはり最後は風呂敷のたたみ方に焦りを感じて、尻切れトンボになったので★3としよう。らしいといえばらしいのだが。大沢作品にしては珍しく取材と資料の読み込みをしたようで、末巻には参考文献リストがあった。職員、鉱夫、組夫という歴然たる身分制度と外勤係という名の自警団は、史実とみていい。この身分と自治が警察権力と深く絡み合い、いがみ合うのだ。


熱源(川越宗一)221123読了★★★ 帯の宣伝文句にある「ゴールデンカムイ並にするする入ってくる」は本当だった。日露戦争の頃の話だ。樺太アイヌ帝政ロシアと日本という名の文明に潰されようとしている。文明どもは、樺太アイヌたちの言葉、文化、風習、食習慣などなどを全て「保護」の名目で奪い、白人種の下で飼育し、最終的には彼らを消滅させようと襲いかかる。樺太アイヌたちが遭遇したことのない伝染病(天然痘コレラ、インフルエンザ)によって、人口が減少したタイミングで、茶、砂糖、酒(アルコール)、衣服、住居などで、文明側に取り込んで抜けられないようにする手口は、イヌイットやインディアンがやられた手口と同じだ。樺太アイヌの主人公とポーランド人の主人公は、タッグを組んで「学」を普及させるために学校を作り、文明に対抗していく。その戦い方は劇画的なアクションではないが、タイトルの熱源を何度も何度も回収する勢いで、とても熱い。文章は読みやすく、行間も開いているが薄っぺらではない。びしりびしりとボディブローのように入ってくる表現が快感だ。
史実上の人物が登場して物語に胡散臭いリアルを加える手法は、同じアイヌのエンタメであるゴールデンカムイでも行われており、効果的だった。しかし本作のそれは、完全に余計だ。最後の二章が相当するのだが、風呂敷を畳むのに大失敗しており、結論は読者の考察しだいというのはエンタメとしてはどうだろう。物語の中程で既にタイトルの「熱源」の意味を回収しているのだから、最後はきっちりと終わらせる方が好みだ。


黒石(ヘイシ) 新宿鮫12(大沢在昌)221126読了★★ 新宿鮫シリーズ新作が3年ぶりにリリースされた。割と早く出たと思う。前作で裏切った矢崎が味方(仮)として再登場するのは意外だ。正体不明の容疑者視点が挿入される新宿鮫シリーズ伝統の手法で、とりあえずのつかみはがっつりと来たが、その後が総崩れと言っていい。聞き込み捜査が中心となっているためもあるのだが、文章の8割は会話という印象だ。また新宿鮫はそれぞれの巻で特有の犯罪や組織がフューチャーされるのだが、その現実世界における描写がほぼ無く、物語の架空組織のみで話が進む。筆者は、元々があまり取材や調査をしない事で知られているが、今回は酷い。中国残留孤児の子孫による犯罪組織というネタは確かに古いが、死んでもいないだろう。肝心要の鮫島警部の生き様についても殆ど描かれない。桃井課長と恋人のロックシンガー・晶という主要キャラを退場させてでも新しい流れを作ったのに、鮫島の生き方に変化はないように思う。新たな敵キャラである黒石(ヘイシ)もいまいち魅力に欠ける。変態性と異常性が甘いのだ。安心して読めたのは、鮫島の味方の1人である鑑識官・藪のキャラがブレずに活躍している事と新課長の阿坂警視(女性)が鮫島の後ろ盾となりつつある点だ。本作は、新たな敵キャラである黒石(ヘイシ)の登場編という位置付けなのかも知れない。次作に期待しよう。


一流アスリートの食事(細野恵美))221127読了★★ 筆者は、千葉ロッテマリーンズ錦織圭浅田真央高梨沙羅といったアスリートの専属栄養士を務めてきた人物だ。たまたま電車内で千葉ロッテマリーンズボビー・バレンタイン監督を見かけて、いきなり声をかけて栄養士として売り込みをかけるほどの胆力と行動力の持ち主であり、アスリート専属栄養士なる成功物語と苦労を語る割合が多かったように思う。栄養士の仕事とは何か? を始めとして、競技の勝負メシについて解説したのは半分ぐらいに感じた。メインテーマである勝負メシについては、意外性は少なく面白みに欠けるといえば欠ける。またプロアスリート向けの勝負メシであるため、アマチュアスポーツの愛好家が本書で勝負メシについて学んだり参考にしたりすることは難しいだろう。栄養士の方が解説するのだから、栄養成分が中心となるのは当たり前すぎるが、それでも読者としてはその栄養成分をどのような料理から摂るのかを詳しく知りたいし、できればレシピも欲しいだろう。料理の説明が皆無というわけではないのだが、あっさりしすぎていると思う。


失踪願望。コロナふらふら格闘編(椎名誠)221212読了★★★ 久しぶりの椎名による日記エッセイ。日記は書くのも読むのも好きなのです。アウトドア作家・椎名誠も78歳。コロナ罹患後はすっかり弱っている。じわじわと復活を遂げていく日常。コロナ感染記はほんのおまけ程度に掲載されている。各社から感染記を書きませんかと依頼があったそうだが、あまりの辛い体験で書く気になれないそうだ。記述を読む限りだが、中等症だったようだ。呆れたのは、コロナ感染後も盛んに繁華街へ飲みに出かけていること。コロナは治っても、馬鹿は死ななきゃな治らない。ま、そうでなければ椎名誠とは言えないだろう。