読書漂流 2023

2023年の読了リストと感想。今年も日記記事とは独立してお送りします。わたくしbajaにとって読書は「娯楽」です。よって、人生のためになる本やらお勉強の本などは読んでおりませんです。エンタメ作品だけってことですよ?

語学の天才まで1億光年(高野秀行)、230105読了★★★★★、単行本購入
辺境作家・高野秀行による語学習得と青春の日々を描く。ご存知の方もいるとは思うが、高野氏は世界の辺境に潜入して怪獣やら麻薬密売やら海賊をルポルタージュする「その筋」の人である。氏の著作の冒頭では必ず潜入する国の言語を学習する場面が描かれるのが特徴だ。本書は、数々のアブナイ冒険をくぐり抜けてきた高野氏の語学学習法と言語学の基礎が青春グラフティをバックにして魅力的に語られていく。言語学の「げ」の字も知らないわたしにとっては目ウロコの連続だった。言語の分類という概念さえ頭にはないからね。本書で、言語の分類が、族・派・群である事を知る。生物だと科・属・種ということになる。界・門・綱・目に相当する分類はされていないようだ。
ところで、わたしは20年以上も米国の国際学会で専門分野を発表しているが、未だに全く英語が話せない。これは1年のうち7日間ほどの小旅行を切り抜ければ、後は日本語のみでノウノウと生活できるからである。必要に駆られれば否が応でも言葉は覚えるとはよく言われる事ですな。例えば高野さんのように、インドの一人旅でパスポートと現金と帰りの航空券を丸ごと盗まれてしまい、それを警察に説明する・・・とかな。あるいは喋る事があってコミュニケーション能力に長けている人もそうだね。わたしなんかは、たとえ外国語が話せても、話すことがないので黙るだけだろうよ。
高野秀行と言えば、早稲田大学在学時に怪獣・ムベンベを追ったコンゴでの冒険が最も有名だろう。学んだ言語が25以上の氏さえも「必要」にかられて語学学習を開始したのだ。それがいきなりリンガラ語なんですけどね。リンガラ語から各部族の言葉へ対象は広がっていき、冒険を遂行するための強大な武器(魔法)となっていく。アフリカのマイナー言語から、メジャーなフランス語やスペイン語に学習が移っていくのも高野氏らしくニヤニヤしてしまう。だって、フランス語なんか冒険には必要がなかったからね。習得した言語はどんどん増えていき、高野氏自身もどんどん歳を重ねていく。しかし、話せる言語は増えたが現金収入を得る事はできていないことに愕然とする場面が印象的だ。早稲田大学を8年かけて卒業し、その後も世界中をさまよい続けて多数の言葉を喋れるようになったが無職だったのだ。言葉を話せても職業にはならないことに気づくことで「辺境作家・高野秀行」が誕生し、氏の青春は終わりを告げていく。


熱風団地(大沢在昌)、230117読了★★★、図書館
諸君。わたくしはバディ物語が好きだ。愛している。バディ物語は男女関係が描かれる。そして、それはわたしが大好きな関係だ。その関係が好きという事は、かなり特殊な性癖持ちかも知れないと密かに心配している。その関係を一言ではうまく言い表すことができないので、カップリングの例を挙げてみる。Xファイルのモルダー&スカリー、狼と香辛料のホロ&ロレンス、BLACK LAGOONのレヴィ&ロック、ゴールデンカムイの杉本&アシリパなどなど・・・だ。このカップル達は、決して友人関係ではない。しかし、絶対に恋人関係でもない。また、よく言われるような友達以上恋人未満の関係でもない。さらに相棒関係でもないと思う。恋人や友人や相棒などといった将来的に壊れる可能性がある関係ではなく、魂の最奥で結びついている関係とでも言ったらいいのだろうか。お互いの半身を共有しているとでも言えばいいのだろうか。
本書は大沢在昌によって創られるバティ物語であり、エンタメサスペンスとして秀逸だ。バディのうち男(佐抜克郎)は、売れない観光ガイド。スマホの登場によりがっくりと観光ガイドの仕事は減っている。さらに、いわゆる陰キャであがり症でもある。ヒーローには似つかわしくない。そんな彼の唯一の武器が「マイナー言語の話者」である事。日本人では、彼とその師匠の大学教授しか話せないというべサール語(架空)の使い手という設定だ。そのマイナー言語が話されている国べサールは、地下資源が豊富な王政国家であり、佐抜と後述するヒナは、そのお家騒動に巻き込まれていく。
バディのうち女は、元女子プロレスラー。その彼女、リングネーム「レッドパンサー」こと潮ヒナはべサール人と日本人のハーフであり、べサール語を話せて国のことにも詳しい。当然、元女子プロレスラーだけあって高い格闘戦能力を持っている。出会った当初は、佐抜をひ弱な男として認めなかったが、物語が進むに連れて命を預けられる「バディ」として佐抜を認めていくというバディ物語のお手本のような展開だ。
本書のタイトルである熱風団地は、アジア各国からの違法を含めた移民たちが住んでいる巨大な団地で、当然ながらアジアの国々で話されている多種言語の世界だ。ここでも、佐抜のマイナー言語能力と交渉力、ヒナの格闘戦技と肝っ玉は抜群のコンビネーションを見せるというバディ物語のお手本のような展開。最後は大沢在昌作品でありがちな、投げっぱなし気味のカットアウトだったが、読後感は爽快だ。続編を匂わせる終わり方なので、ぜひとも佐抜克郎&潮ヒナの活躍をもっと読みたい。


ワタシは最高にツイている(小林聡美)、230125読了★、ブックオフ購入
女優の小林聡美さんのエッセイでブックオフにて110円で確保した。かもめ食堂やプールの撮影記が入っているので書かれたのは2005年とかその辺りかな。小林さんは41歳ぐらいの筈であり、まだ文章が若い。「なのであるっ」「そうじゃないんだっ」などと「っ」を語尾につけるセンテンスを多用しているが、何とか痛々しいくないお年頃と許容されるだろうっ。人間誰でもそうだが、健康さえ害していなければ40歳代前半までは体力任せの力押しができることが多いですっ。最後の若さなのだっ。


ヤノマミ(国分拓)、230306読了★★★★★、中古品購入
アマゾンで原初の暮らしを営む先住民「ヤノマミ」と150日間寝食を共にした驚愕の記録で大宅ノンフィクション賞受賞作。 ヤノマミ族の言語が解るのは世界に2-3人ぐらいしかいないそうで、お約束の単語を1つ1つ理解するところからスタートする。警戒感をむき出しにするヤノマミの人たちと生活していく緊張感がすごい。ヒリヒリするというやつだ。何しろ法律なんてものは概念さえないのだ。部族同士の殺し合いも普通にある世界だ。いつ何時殺されるか分からない。仲良くなったと思った瞬間に、身に覚えのないタブーを犯してしまい一触触発になる。「ナプ」という侮蔑語が印象深い。ナプの一言で、信頼と友人関係が一斉に崩れ、部族全体が著者たちを一瞬で敵とみなしてくる。
死生観や性の概念も詳しくレポートされている。性の概念(セックス)は、ヤノマミ族の人たちも文明人も変わりない。不倫や嫉妬などなど。同じ人間なのだ。しかし行為そのものは、噛まれたら2時間で死ぬ毒蛇が生息するところであえて「する」のだという。死と隣合わせの快感は如何なるものか。著者に生物の知識が全く無く、アマゾンの豊かな生命の描写が単に「蝶」やら「虫」となっているのが個人的にはとても残念だ。「行為」の後には当然だが「結果」が待っている。避妊の知識も概念もヤノマミには存在しない。しかし、狩猟生活と原始的な農業のみに食料を依存している彼らには養える人間の数には限りがある。また、なぜかヤノマミには障害を持った人は絶対に存在しない。これは出産する女たちに、生まれてくる子供を精霊にするか人間にするかが委ねられているためだ。森に入って基本的には独りで出産する女に、著者たちは取材を奇跡的に許されている。その取材時は、女は人間ではなく精霊を選択した。産み落として直後に頸椎脱臼を施したのだろう。この様子を観察していた著者とカメラマンは、激烈なショックを受けている。精霊は蟻塚に入れることで蟻によって喰われて処理される。この際にも著者たちの生物の知識の無さでアリをシロアリとずっと呼称しているのが残念だし違和感が大きい。肉食のシロアリなど存在しないよ。
後半では、お約束の文明社会との接触からの没落パターンが描かれる。世界中の先住民は「文明」からの神(キリスト教)、服、お茶、アルコール、たばこ、音楽、高カロリー食などであっけなく滅びるのはご存知のとおりだが、本書で際立っていたのは「サッカーボール」だった(アマゾンはサッカー王国ブラジルだった!)。自然界に存在しない素材の完璧な球とギャンブル性が高い球技のルールは、あっという間にヤノマミの若者の心を奪い、伝統を破壊していく。本作は2007年頃のヤノマミの人たちのレポートで、上述したように文明に侵食されて彼らの世界は変わった。一方で文明側の我々の世界も2007年より、とある物に侵食され劇的に変わった。初代iPhoneは2007年1月9日発表されたのだ。


流星ワゴン(重松清)、230322読了★★、中古品購入
タイムスリップ+ジェントル・ゴースト・ストーリー。幽霊の導きによってタイムスリップする主人公は、壊れた家庭を元に戻すために未来を変えようとするが、どんな手段を講じても結局は元の結果である家庭崩壊に向かうという「世界線は変えられない法則」から逃れられない。ひぐらし&シュタインズ・ゲートのプロトタイプだ。中ほどまで読んだが、当時に書評誌(本の雑誌)でべた褒めされた感動やら号泣要素やらは全く無い。目新しさも無い。目新しさについては、本書が2002年刊行だからかも知れない。スマホ以前の世界だ。ひぐらし&シュタインズ・ゲートなどは本書の影響を受けたのかも知れないね。性描写が生々しいのは意外だ。最後は、大きなドンデンもなくタイムスリップ物のお約束通りで凡庸。主人公と同じ歳の姿で現れる父親のチュウさんのキャラクタがとても魅力的だった。


ライオンのおやつ(小川糸)、230402読了★★★、図書館
本の雑誌目黒考二さんが「グルメ小説のタイトルを借りたトンデモなく重い物語」としていたが、実際にその通りだった。前知識はそれだけで、あらすじなどは全く知らずに読んだのだが、すぐに読まなければよかったと後悔した。しかし、読み進める事をやめられない(認めたくないが、面白い)。
舞台は、末期がん患者を専門に扱うホスピスである「ライオンの家」。ヒロインは、余命数ヶ月の33歳の女性だ。ライオンの家では、癌による苦痛を取り除き最後まで楽しく気持ちよく過ごせるコンテンツが満載だ。美味しい食事、瀬戸内海の海に囲まれた孤島ならではの豊かな自然、恐怖や不安を取り除く言葉巧みなセラピスト、音楽療法、可愛く懐いてくれるペット、葡萄の樹から作られているワイン(酒)、モルヒネ、イケメンで優しい彼氏も現れて、極めつけがタイトルに含まれる「最高のおやつ」。
ありとあらゆる快楽が与えられ、その挙げ句にはオーガズムと呼ばれる最高の死が待っている。さぁ、楽になれ、楽になれ。気持ちよくなれ、楽しく過ごして、心残りを無くして早くあちら側(死)へ旅立つのだ!!
しかし。普通の大人だったら、気がつくはずだ。これは、作られた物語であり、実際にこのようなホスピスは存在しない事を。仮に存在しても入居費は庶民が払える額ではないことを。現実に我々を待ち受けているのは、精神崩壊と逝かせてくれと懇願するほどの肉体的苦痛なのだということを。巷の声は「今を生きることが愛おしい感動の物語」とされているが、わたしには「死を賛美する邪悪なカルト宗教の経典のように感じた物語」だった。No Pain, No Lifeとはよく言っものだと思う。


アメリカ 分断の淵をゆく 悩める大国・めげないアメリカ人(國枝すみれ)、230409読了★★★、図書館
この手のルポルタージュはネットでも読めるけど、そのほとんどは途中で途切れる短い連載記事だ。1つのテーマがまとめられた文章を読むのには、紙(デジタルでもいいけど)の成書に限る。著者は毎日新聞の特派員(女性)で、ドラッグ、人種差別、性犯罪などの現場に単身で潜入する「本物」のようだ。よくもまぁ勇気というか蛮勇があるものだと思う。特に左にも右にも傾いておらず、淡々とアメリカの闇を伝えている印象だ。解説も分かりやすく、興味深くすいすい読めた。アメリカ分断の淵ということで、ほぼ全編に渡って、トランプ vs. リベラルの構図だ。ジャーナリストとは、情報を正確に伝えるのが仕事という、もはや建前だけとなった定義の下で著者は取材をしており、中々にカッコいい。


Dm しおさい楽器店ストーリー(喜多嶋隆)、230415読了★★、文庫本購入
しおさい楽器店シリーズも4作目。今回は、CFギャングシリーズとのコラボだった。流葉ディレクターをはじめとする癖の強いキャラが絡んでくるわけで、そうなるともはやこれはコラボではなく、乗っ取りである。完全に流葉ディレクターとCFフィルム制作が軸となっており、そうなるのは当然だろうね。そのCFはアメリカのバーボンウイスキーについてで、使い古された喜多嶋ワールドが展開されていく。作中でイーグルスの曲が多く描写されたのが、個人的に好み。読後感は、往年の喜多嶋作品の残り香を感じる。


先祖探偵(新川帆立)、230427読了★、図書館
探偵もかなり細分化されているが、先祖を探す専門探偵は初めてみた設定だ。主人公はタフな女探偵・邑楽風子。自らの肉親と生き別れになったこともあり、先祖探偵を営んでいるようだ。中編集であり、最初の幽霊戸籍については知識があった。意外に簡単に人の戸籍は乗っ取れるのである。さらに原付免許を取得すれば社会活動も(別人として)営めるようになる。次の章からはいよいよ江戸まで先祖を遡る依頼となる。新川帆立は、はじめての作家だ。文章は読みやすいが、決してお軽いわけではない。探偵役の風子だが、キャラが全く立っていない。彼女の日常と容姿に関する描写が、ほぼ無いことが原因なのは明らか。さらに、ケレン味をほんの少しでも加えてもいいと思う。また興味があった先祖を探る方法は、戸籍を取ってからの聞き込みで、珍しいとは思わない。物語もあまりにも真っ直ぐすぎて、盛り上がりもオチも無い。


都会の異界 東京23区の島に暮らす(高橋 弘樹)、230513読了★★★、図書館
東京都の島といえば、小笠原諸島八丈島をあげる人がほとんどだが、本書は佃島、月島、平和島といった「江戸前」の島を探検的にレビューしていく。なんと、著者は、離島である佃島に住んでいるのだ。銀座にもほど近いのに、家賃は安いらしい。変なおじさんが極端に多いとのことで、その手の人物に魅力を感じる人には楽しいだろうな。実際に住むとなると、まず頭に浮かんだのは「津波に飲まれる」で、わたしには決断できないよ。筆者の住む佃島も古い建物や商店が取り壊されて、外見は変わりつつあるそうだ。しかし、異界度は変わらない。島という地理的要因および心理的隔絶性から生じる「歪み」こと異界の本質であり、佃島の異界は令和になっても変わらない。こち亀で、両さんの祖父が家を売り払ってタワマンに引っ越してしまい、古い家には全く未練を感じずに生活をエンジョイする一方で、江戸っ子として気質は変化がないというエピソードと同じだ。
また、実際に訪れることができるのが魅力だよな>23区内の島。ただまぁね、実際に行くとだだっ広さに圧倒されて歩き疲れるんだよな。昔ながらの長屋なんかは狙わないと見つけられないし、無機質な工場と道路が続く景色は好みが分かれるところだ。


夜行(森見登美彦)、230525読了★★、図書館
ま、例によって例の如しで京都が舞台ですね。いつも思うのだが、関東育ちなので四条河原町やら賀茂大橋などと云われても、サッパリ全く分からない。この辺りのいわゆる土地勘というやつは、旅行程度では理解できないしね。学生時代の英会話スクール仲間が10年ぶりに集って、京都の鞍馬の火祭りを見るために集合するところから物語はスタートする。英会話スクール仲間のうち1名が10年前の鞍馬の火祭りで不可解な失踪を遂げており、謎は解けていないままだ。京都が舞台だが、各キャラクタが各地方の夜行を思い出語りする形式で進む。どのキャラの話も完全に怪談だ。幽霊系ではなく後味が悪い不可解系であり、オチは無いが伏線になっており、最後は京都で回収する。ミステリではないから、論理的な帰結ではなくセカイ系ジュブナイルの一種であり、二度と戻れない青春の日々を懐かしむのだが、全体的に薄くて心には響かなかった。


帰去来(大沢在昌)、230610読了★★、図書館
警視庁捜査一課の“お荷物”志麻由子は、連続殺人犯の捜査中に、何者かに首を絞められ気を失う。目覚めたのは異次元の「光和26年のアジア連邦・日本本共和国・東京市」だった。もう一人の自分は異例の出世をした“東京市警のエリート警視”。設定は、大好きで期待が高まった。天使の牙シリーズをはじめとして、SF+警察小説は大沢在昌ワールドの傑作設定であり、もっともっと評価されてもいいのにと思う。中盤からは設定だけで疲れちゃったのか、シナリオというか話の流れが少し不自然なぐらいに強引だ。異世界でのもうひとりの自分ならどうしただろうという考えで行動するのが新鮮で面白い。異世界でのもうひとりの自分+タイムスリップで時間と空間を組み合わせてのトリックがひとつのウリだったのだろうけど、やはり大沢在昌本格ミステリは似合わなかった。アイデアは面白いのに、雑に解決し過ぎだ。ヒロインである志摩由子もいまいち魅力に欠ける。異世界での捜査でタフに成長していくのはいいのだが、それを周りのキャラに言わせるのってどうだろう。唐突に乙女の行動をとるなど、ふらふらしているし。いつものように最後は尻切れトンボでおしまい。


午前零時の玄米パン(群ようこ)★、日常生活(群ようこ)★、寄る年波には平泳ぎ(群ようこ)★★、2306から2308にかけて読了、ブックオフ購入。
本の雑誌出身の作家、いわゆる椎名誠一家のうち、女流である群ようこの作品には手を出していなかった。ブックオフにて3冊100円だったので、試験してみた次第。正直に言うと、著者が若かりし頃に著した、午前零時の玄米パン(デビュー作)、日常生活(日記)は「女版・椎名誠」であり、令和の今となっては目新しい文章は味わえなかった。女版だけあって、椎名が初期のスーパーエッセイで使用していた「昭和軽薄体」に加えて女性特有の嫉妬や陰険さが容赦なく書かれており、当時はそれが受けたのだろう。午前零時の玄米パン(デビュー作)は、大人になったちびまる子ちゃんというフレーズも頭に浮かんだ。
後期作品である、寄る年波には平泳ぎになると、文章がぐっと熟成されており、中高年のあるあるネタエッセイに変化している。しかし、内容には未だに身内に対する憎しみが悪口で書かれる。この辺りは、女性だと共感できるのかも知れないね。今後は、わたしが最も好きな映画である「かもめ食堂」をはじめとする小説作品を読みたい気もするが、本質的に群ようこさんはわたしには合わないのが判明した。


木挽町のあだ討ち(永井紗耶子)、230819読了★★★★、単行本購入
直木賞山本周五郎賞とのW受賞を果たした本作。本の雑誌などのレビューも高評価だ。オープニングでは、キャラの設定を隠して立ち位置を読者に探らせる事で読ませようとしているな。連作が伏線を見事に回収するらしいので、お手並み拝見だ。ミステリ成分もあるらしいので、叙述トリックには注意だな。オンナ言葉で語らせていたキャラは、実はオトコだったのだよーん(女形)程度では引っかからんぞ?
本作は、芝居を愛する全ての人にお勧めしたい。各章が芝居に関係するプロたちによって語られていく。全章に共通するのが、とにかくロックスピリットに溢れていること。凝り固まった武士の理を「悪所」に住まう住民である芝居のプロたちが、自由と反骨でしなやかな柳のように受け流し、あるいは立ち向かっていく。その集大成がタイトルである「あだ討ち」となるのだ。登場する一癖も二癖もある芝居のプロたちは、誰もが魅力的で格好いい。若干のミステリ成分がオチに関わってくるのも、本作の売りのひとつ。わたしでも、最終章前にトリックが解ったのだから、難易度は低く楽しめるはずだ。また、読後感が実に爽快で気持ちがいい。ぜひ舞台化して頂きたいと思う。各キャラのキャスティングを想像するだけで楽しい。


生物と無生物のあいだ(福岡伸一)、230914読了★★★★、単行本購入
再読だけど(3回目)、いつも新鮮に感じる。本書を大学1年生への課題図書に指定しちゃったけど、失敗だったな。後半にやってくる本書のコアな部分、すなわち動的平衡の章は数ヶ月前に高校生だった学生には荷が重すぎるだろう。シンプルで斬り込むような文章は読みやすくて刺さるけど、あえて狙った厨二的な表現は理解が追いつかないと思うしな。前半のDNAの構造決定からPCR法の開発ぐらいまでのドラマパートを抜き取って、紹介すればよかったか。


駈けてきた少女(東直己)、230926読了★★★、中古品購入
本作の探偵は47歳になっており、映画版で演じていた大泉洋とほぼ同じ歳だ。タイトルに少女と付くぐらいなので、探偵は加齢によりついていけないススキノの若者たちを追うことになる。相棒の高田は、北大大学院を中退しており、ショットバー経営とミニFM曲のDJになっている。探偵を助ける空手の腕は健在だ。
中年となった探偵が対峙するのは、ワカモノではなく時代と共に変質してしまったススキノの街だったようだ。ススキノが変質したのか探偵が歳をとったのか、どちらかは明言されないが、ハードボイルドの基本である生き方を探偵が変えることはなかった(できなかった)。不自然なぐらいに尻切れトンボな終わり方だったのは、本作は東直己ワールドの一部であり「ススキノ・ハーフボイルド」と「熾火」の2作とつながっているからとのこと。そちらも読まなくては。映画版・探偵はBarにいる3 を観た後、ススキノ探偵シリーズへの熱意は休止中だったのだが、本作で再び火が点いた。


侠飯(9) ヤバウマ歌舞伎町篇(福澤徹三)、231014読了★★★、文庫本購入
永遠のマンネリが素晴らしいよ。絶対の安心感があって、肩が凝らない。シリーズを通して水戸黄門+暴れん坊将軍のパターンに見える。今回の舞台はタイトル通りに歌舞伎町であり、しかも柳刃たちが調理する場所は、うらぶれた昭和スナック風のバー「ニュー来夢」。登場するメニューは(1)に限りなく回帰したジャンク風の物が多い。(1)で登場したカマバターやりんごチーズといったスナック飯には目ウロコだったのだが、今回は冷凍食品やコンビニ食をアレンジするスナック飯が登場する。
毎年1回の新刊が出て、柳刃組長と火野兄貴が世直しするテーマは世相を反映したものとなる。今回は半グレ、タタキ(強盗)、オレオレ詐欺、テレグラムといったキーワードが散らばる。もちろん、柳刃組長と火野兄貴が負けるはずもなく、悪は成敗されるのだ(これはネタバレにはならないだろう)。


出会いなおし(森絵都)、231213読了★★、ブックオフ購入
森絵都作品は、面白く肌にあった「みかづき」以来の2作目。短編集で、表題の「出会いなおし」でいきなり惹きこまれる。宮部みゆきワールドに似ている気もするが、主人公たちの不幸の程度がより強いと思う。ピリッとSFのテイストが効いてある作品もあって楽しめたが、単行本では買わないな。文庫落ちしても、どうだろうか。今回はブックオフにて200円での仕入れだ。


イラク水滸伝(高野秀行)、231224読了★★★★、単行本購入
まさか高野さんの年齢で、危険地帯+辺境の取材で完全新作を世に出すことができるとはね。衰えないモチベーションは、お流石だ。序章だけ読んだけど、面白すぎる。20年ほどわたしが若かったら徹夜で一気読みするだろうなぁ。鯉の円盤焼きがイラクの名物料理だとか、謎の古代宗教マンダ教などなど知らないことがデフォルトで語られていく。
この歳になって、ようやくスンニーとシーアのしっかりとした基礎知識が入ったと思う。加えて湿地帯の植生のイロハであるアシ(葦、イネ科)、ガマ(蒲、ガマ科)、スゲ(菅、カヤツリグサ科)を学ぶ。知らないことばかりだわ。世界史を取っていれば、中東の歴史の知識が頭に残っているのだろうか。チグリス・ユーフラテスがメソポタミア文明ぐらいは知っているけど、xx王朝だのなんだのだとなると手も足も出ない。イスラムの基礎知識もない。カリフ、スルタン、グノーシス主義などなど聞いたことがある言葉を正しく知るが、中高年の腐りきった頭に残るとは思えんな。その場限りだが、大いに楽しんでいるのでヨシ!! としている。
後半になって、コロナの影響が取材に出始めた。頼りにしていた現地のガイドが不在となり、現代シュメール語と呼称されるイラク語の方言を駆使して取材を敢行する高野チーム。現地のガイドが不在となったおかけで、湿地帯アフワールの現地民マアダンに直撃できるようになったのは不幸中の幸いか。ただし、やはりイスラム世界だけあって一筋縄ではいかない。水牛の乳から作られるゲーマル作りを調査する場面ではイスラムの女性を取材しなくてはならず、常にその女性の夫をはじめとする男性陣から殺気を含んだ目で監視されるなどのピンチが目白押しだ。そのピンチを切り抜けた高野さんの技は「愛のポエムを吟じる」「電気漁で痺れる魚の真似」をはじめとする身体を使った「芸」で笑いをとることだった。辺境作家・高野秀行の恐るべきコミュニケーションスキルが遺憾なく発揮されている。
ついに最終章で、現代イラクの好漢たち(含む高野氏)が復活させた古代船「タラーデ」が進水し、湿地帯アフワールを征く!! のはいいのだが、最後の最後に行ったデモンストレーションという感じ。当初の旅の青写真は、このタラーデでの船旅だったのだが、コロナと政情不安その他で古代船を復活させるところまでで精一杯のようだ。